ヨーガスートラ 第3章 〜悟りの価値は

  • 2014.05.03 Saturday
  • 22:48

 第2章の続きです

この章では8支則の続き、サンヤマについて書かれ、

また悟りを得ることで得られる、超能力が解説されています

もうそろそろ、サンスクリット語を勉強せねばという気になってきました

頑張ります

第3章 〜悟りの価値は

第六の門:凝念(ダーラナー)
凝念とは、心を特定の場所にとどめる事、1つの波に集中することである。

第七の門:静慮(ディヤーナ)
静慮とは、凝念の対象に対する想いをあますところなく展開させる、
心の波を穏やかにしてゆくことである。

第八の門:三昧(サマディ)
三昧とは、心がすべての形を捨てて、意味だけを映すようになった状態。
心の波が凪いで、湖のようになった状態をあらわす。

以上の三つの行法は「統制(サンヤマ)」と称され、1つの対象に対して行うものだ。

統制を果たした時に、知恵の光が輝きだす。
心の曇りが取り除かれ、雲の向こうの太陽の輝きを享受できる。


サンヤマは順序良く進められなければならない。

ほかの5つの部門と異なり、己の内面で進めてゆく部門である。

しかしこれらも、「無種子三昧(ニルビージャサマディ)」
己の中の可能性という枠組みを超越し、大いなる可能性そのものとなった状態
(明鏡止水)
から見ると、外的部門に過ぎない。




雑念を打ち消し、克服することで、心のブレがなくなる瞬間がある。
これを 峪潴播省僉淵縫蹇璽瀬僖螢福璽沺法廚箸いΑ

克服し続けることで、心は静かに保たれる。

その瞬間を持続させ続けることで、何ものにも惑わされない
◆峪伊翕省僉淵汽泪妊パリナーマ)」となる。

過去となり遠ざかる想念と、今まさに生じる想念が同じものであるならば
それは「専念転変(エーカグラーターパリナーマ)」となり、
一層固くゆるぎない集中となる。

これらによって、物質元素と感覚器官に関する法(現象)、時間、様態の
3種類の転変が説明された。


「実体」とは、過去、現在、未来、すべてにおいて常に存在する。

実体が移り変わってゆくことは、法(ダルマ)が移り変わってゆくことの証拠である。

3つの転変に対して、サンヤマを行うことで、過去や未来が分かるようになる。

言葉と対象と意味とを混同するために、混乱が起きている。これら三者の区別にサンヤマを施すことによって、あらゆる生きものと意思疎通ができる。

自分のパターン(サンスカーラ)に対して、サンヤマすることで、前世の知識が得られる。

他人の想念をサンヤマすることで、他人の心を知ることができるようになる。
しかし、その知識は他人の想念の対象までも含むわけではない。
範囲は想念だけにとどまり、その対象には及ばないからである。

自分の肉体の形態に対してサンヤマをなすことによって、他人の知覚がさまたげられ、
ヨーギーの身体は誰にも見えなくなる。
同様に、話される言葉なども、聞こえなくすることができる。

業(カルマ)にはすぐ発現するものと、そうでないものとがある。
カルマにサンヤマすることで死期を知ることができる。
あるいは死期の前兆をサンヤマすることによっても知ることができる。

友愛など、様々な感情にサンヤマすることで、ヨーギーは豊かにその性質を得られる。

ゾウやその他のものの力の上にサンヤマをすることで、その力を得られる。

心にサンヤマを加えるとき、遠くを見る力が現れる。
太陽にサンヤマを加えると、宇宙を知る力が現れる。
月にサンヤマを加えるとき、星の配置を知ることができる。
北極星にサンヤマを加えて、星の運行を知ることができる。
へそにサンヤマを施せば、体の組織を認められる。
喉にサンヤマを施せば、餓えと渇きが癒される。
亀のナーディー(気の通り道)にサンヤマをすれば、忍耐する力が現われる。
頭頂にサンヤマを行うことで、シッダ(神々)に会いに行ける。
照明智(プラティーバ)にサンヤマを施せば、すべてのことを知ることができる。
心臓にサンヤマを施せば、心を知ることができる。

サットヴァとはプラクリティ(客体みられるもの)の状態であり、
プルシャ(真我みるもの)とは混合しないのに、
混合してしまうことがプルシャの見せかけの経験と呼ばれる。
そこで、サットヴァを捨て、プルシャに対してサンヤマすることで、
プルシャの光が生じる。

プルシャをサンヤマすることで、
智慧の光や超人的な五感(聴覚・触角・視覚・嗅覚・味覚)を得られる。

もっともこれらの超能力は、本当のサマディの妨げとなるものなのだが・・・


心(チッタ)の束縛をサンヤマで弱めることで、他の者の肉体に入ることができる。

ウダーナと呼ばれる気を制御することで、水の中または泥沼の中にも沈まない。
いばらの上なども歩くことができるし、意のままに脱出することができる。

サマーナと呼ばれる気を制御することで、身体から炎を発することができる。

聴覚と虚空(アーカーシャ)にサンヤマを施すことで、天耳通が得られる。

肉体と虚空(アーカーシャ)にサンヤマを施すことで、神足通を獲得できる。


完全に心が体から抜けると、大脱身となる。
大脱身では、トリグナを、完全に払い落して、
真我の光明を覆う、あらゆる障害が消えている。

五元素(空 風 地 火 水)に対して
粗雑・本質・微細・内在・目的別にサンヤマを施すことで、
あらゆる物質を完全に支配することが出来る。
粗雑というのは、私たちが感覚で認識できるもの、とらえるのが容易なもの
本質というのは、感覚で認識できるもの、その背後にある普遍的なこと。水は流体だとか、火は熱いだとか、そういったもの。
微細というのは、われわれの感覚器官ではとらえることができないけど、ちゃんと存在しているモノ。感覚器官、行動器官、生理、考えといった要素。
内在というのは、物質世界を構成する3つのグナの組み合わせのこと。この世界に顕れているすべてがグナの組み合わせによってできている。
目的というのは、すべての存在はプルシャ(真我)の経験と解脱のためだけにあるという、そういう目的のこと。
五元素を支配するようになれば、身体を小さくも大きくもできる神通力が現われ
また肉体が完全になり、何物にも破壊されなくなる。

完全な肉体とは、端麗、優雅、強力、金剛不壊の強靱さをいう。

このように、三つのグナを支配できるなら、
自らの感覚を克服できるようにある。

俊足を得、千里眼を得、世界を牛耳る力を得る。

みられるものであるサットヴァと、みるものであるアートマンを見極める力こそが、
全てを知り、総てを統べる力となる。


以上のようなすぐれた超能力が付いても、
それに捕われ、惑わされなければ(離欲 ヴァイラーギャ)
すべての悪いビージャ(業)が絶たれて、
真我の独存の状態(カイヴァリヤ)となる。


たとえ、天界の住人たちの誘惑に誘われたりおだてられたりしてはならない。
再び悪いことを引き起こしてしまうからである。


その瞬間、その瞬間の連続に対して、サンヤマを施すことで
その瞬間の連続と状態の関係を識別する智慧が生じる。

これにより、種類・特質・位相によって区別を立てづらく全く同じに見える二つの対象を区別することができるようになる。


これこそ、分析の智慧「ターラカ」である。

ターラカは、救世主・解放者という意味であり、
我々を、輪廻の大海から、救い上げてくれる。
この世を一度に捉えて、この世の一切が分かる智慧のことである。



プラクリティが清められ(サットヴァ)、プルシャの状態と等しくなった時、
本当の自由「真我独存(カイヴァリヤ)」=「無種子三昧(ニルビージャサマディ)」
が得られるのだ。


 行きづまったら、美味しいカレーを食べるとよい考えが浮かんできます


悟りの価値とは
ヨガをすることで
痩せた、体つきが変わった〜 で満足して終わることがないように
超能力が発現した〜
で終えてしまってはいけない ということを啓蒙する章でした


JUGEMテーマ:広島 ヨガ

参考
http://blogs.yahoo.co.jp/otruthn/folder/664785.html?m=l
http://www.nurs.or.jp/~academy/veda/yoga3.htm
http://samadhi.web.fc2.com/yogasutora.htm

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