完結!二重メタファーに打ち勝つヨガスートラ

  • 2018.09.02 Sunday
  • 15:43

 

いろいろ寄り道しましたが、完結編です(笑)

続☆二重メタファーに打ち勝つ、ヨガスートラ

 

インド哲学の影響を受ける

 

仏教にも同じ考えがあります、こちらの方が日本人にはなじみやすいでしょうか

 

「五蘊非我」(五蘊はすべて我に非ずという説)

 

仏教では心身にもたらされる作用のことを、まとめて五蘊(ごうん)という。「蘊」とは集まりのこと、センシング・クラスターのことだ。色蘊(色や形の集まり)、受蘊(感知する作用の集まり)、想蘊(識別作用の集まり)、行蘊(想起するものの集まり)、識蘊(判断作用の集まり)の五つをいう。
 ブッダは五蘊いずれもが常住の自己ではないと説き、それゆえこうした頼りにならないものを錯誤して心身活動の根拠にしてはいけないと戒めた。

 

https://1000ya.isis.ne.jp/1645.html

 

ブラフマン

 

 

長くなりましたが、ヨガスートラにある

 

一番有名なメタファーは、この世を渡る、カギともなるものであるとつくづく感心します

 

「ヨーガチッタブリッティニローダハ」(機檻押  

 

直訳:ヨガとは心の作用を死滅させることだ

 

⇒ ヨガとは心の迷いをなくすことだ 

 

⇒ ヨガとは迷いを打ち消し、本来の自分に帰ることだ

 

⇒ 二重メタファーの罠に引っかかってしまう心の特徴を知り、真実の自分や世界を直視することだ

 

⇒ 様々なフィルターを通じたゆがんだ世界に気づくこと

 

 

「プラヤトナシャイティリャーナンタサマーパッティビヤーム」(供檻苅掘  

 

直訳:緊張をゆるめ、心を無辺なものへ合一させなくてはならない

 

⇒フィルター・こだわりを捨てること

 

見えない物は、議論のしようが無いとあきらめずに

 

YESNO、好き嫌い、善悪、などの2元論で、己の世界を狭めてしまわずに

 

無辺の境地となるサマディを目指すことが大切なのです

 

「三昧(さんまい)」= サマーディ

自我の認識領域を越え、「生命の智」をもたらす領域の中に入ります。「梵我一如」の心境で対象も主体も、ともに合一した状態をいいます。仏教では、これを<空>といいあらわしていますが、この境地は「なにもない」という意味ではなく、直感的洞察や啓示の場であり、宇宙的意識の働く空間でもあります。そこでは、きわめて鮮明で充実した内容をもって、その味わいは、まさに新たな生命感と、宇宙的啓示と、感涙の時となります。ここは、アーナンダマヤ・コーシャ(歓喜鞘)の開示される領域になってきます。

ヨーガ・スートラにおいては、この体験を「真我がその周囲を取り巻いている自然的存在と自分とを混同していた過失に気づいて、その束縛から脱出することである」と説明しています。

これがヨーガ・スートラの八支則についての構造と行法の概要になります。  

http://www.ultraman.gr.jp/ueno/2-yo-ganew_page_3.htm

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  • 2018.11.07 Wednesday
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